海が、海賊暮らしが怖い訳じゃない。
俺は半生を海で過ごしてきたし、育て親に至っては元海賊だ。
ホームシックなんかじゃあない。
しっかり別れと再開を告げてきたから。
じゃあ何だ?この気分…感情。
あの事は、トラウマはもうとっくの昔に克服したはずなのに。
その眠れない訳を揺れるハンモックの所為にしたまま、春を過ごした。
そして、時期的にはそろそろ春が終わって初夏の季節に入ろうと云う頃に春島に到着した。

船長の誕生日を明日に控えた日だった。








コックの務め 船長の務め



――目が覚めたら。 視界には赤い布、を軽く裁断して服に仕立て上げたようなものを身に着けた少年がいた。 言わずもがな、ルフィだ。 ルフィはもの凄く怒っているようだった。滅多に見ることの出来ない顔だ。 即ち、本気だと云う事。 それを俺に向けていると云う事は…俺は自分が知らない間に何かやらかしたのだろう。 酷く頭が痛かった。 ルフィとガチンコ勝負でもしたのだろうか?その割には体の節々は悲鳴を上げていない。きっと違う。 脳内でガンガンと警告音が鳴っているような感じだ。 メシ一週間抜きとでも言い渡したのだろうか。いや、これも違う。前にやった事がある。(勿論一日で勘弁してやった) 頭の外側と内側両方からナイフで刺されているような感覚だ。 ―アイツの前で自暴自棄にでもなったのだろうか? ……ありうる。つまらない意地張って、アイツには全部お見通しなのに、意地を張って。 アイツの前では全て暴かれるのに。 何もかも見透かされる。ルフィとは、そう云う男だった。 伊達に年下について来ている訳じゃない。 そこで、また意識が途切れた。 また目が覚めて、また視界にはルフィが目に飛び込んでくる。 今度は酷く心配そうな顔を見せていた。何だ、こんな人間らしい顔も出来んのか。 肉肉ばっかり云ってる奴だがいざと云う時には頼りになるしな。 頭が割れるように痛い。頭蓋骨ごと千切られそうな感覚。 それを必死に抑えて、ルフィに話し掛けた。 「なぁ…俺は何でここで寝てるんだ?」 話を聞くと、俺は過労で倒れたらしかった。(アイツから「過労」と云う単語を思い出させるのに時間が掛かった) 過労なんて、俺から一番縁遠いモンで倒れちまった。 コックに働きすぎだなんて事はないのに。 常に新しい味を、更なる味を追求し、提供するのがコックの務めだから。 俺はバツが悪い気分で一杯だった。沈黙に耐えられなくて、俺は再びルフィに問い掛ける。 「俺はどのくらい倒れてた?」 「丸一日」 「皆は…ナミさんやロビンちゃんは?」 「飯食いに行ってる」 「じゃあ…船番はお前か?」 「いや。上にゾロがいる。俺は残っただけだ」 「2人とも飯食ってないのか?」 「ああ」 また沈黙が流れる。 その重さに耐えかねて俺が口を開こうとしたその時、唐突にルフィが声を発した。 「…船長の務めって何だろう」 ルフィは問い掛けるように一度そこで言葉を切って、また話し始めた。 「俺は、皆に信じて貰う事だと思うんだ」 「船長だからって事じゃなくて、さ」 「皆が俺を信じてくれてたから、今の俺がいると思う」 「その中には、サンジもいるんだ」 「サンジも大事な仲間なんだ」 「なのに、」 ルフィの顔が悲しそうに歪んだ。 「サンジはいつも一番大事な時に、俺を信じてくれない……」 ルフィの顔の輪郭が歪んだ。俺の涙で歪んだ。 申し訳の無い気持ちで一杯だった。 「ごめん、ルフィ。ごめん……」 ルフィは俺をぎゅっと抱き締めた。 「もう……こんなに心配するのは嫌だ」 「うん」 「絶対こんな事しないって約束してくれ」 「うん」 「俺の事…信じるって約束してくれ」 「うん」 「何でも1人で抱え込まないって約束してくれ」 「うん」 「ちゃんと言葉で…もうしないって云ってくれ」 「うん…分かった。もうしないよ、ルフィ」 それでもまだ、溢れ出す涙は止まらない。 「ルフィ、ごめんな…本当にごめん」 「ううん、良いんだよ。サンジ」 ルフィにあやすように話されても、その優しさが胸に沁みて涙がまた溢れ出してくる。 「サンジ…泣くなよ、泣いてるサンジ見ると俺も悲しくなる」 そう云って、ルフィは俺の視界で大きくなっていく。 ルフィが近付いてくる。 「サンジ…」 呟くように呼ばれて、俺は目を閉じた。 ルフィが俺にそっと口付けた。 長い長い口付けが終わった後、俺は小さな声で 「誕生日オメデトウ」 と云った。 ルフィはいつもの笑顔で、太陽のように笑っていた。 何時の間にか、頭痛も涙も止まっていた。 その日から俺は眠れない、と云う事が無くなった。 そうなった原因も治った原因も分からない。 だけどそんな今、もう一度自分の務めについて考えてみる。 コックとしての務め。それは自分のプライドでもある。 妥協を、するつもりは無い。 だけど、『仲間』としての務めも果たさないと。 ルフィを信じて、何もかも預けよう。 あいつには、それを受け取るだけの器がある筈だから。




2004.05.19
初ルサン。天真爛漫な彼が好きです